作って理解するBabelマクロ
2020年5月22日 公開
Babelは今どきのJavaScript開発には欠かせないパーツのひとつです。その主な使い道は、新しいJavaScriptの文法を古いJavaScriptに変換するトランスパイラとしてのものでしょう。しかし、Babelをより広範にマクロの機構として使おうという動きもあります。それを担うのがbabel-plugin-macros
というプラグインです。
ここで言うマクロとは、大ざっぱに言えばプログラムを生成するための機構であり、特にソースコード中に書かれるもののことです。例えばC言語などに見られる#define
は原始的なマクロであると言えます。最近の言語ではRustが強力なマクロの機構を持ち、Rustの文法を逸脱したトークン列をソースコード中に書くことができます。そのようなプログラムはマクロによってRustプログラムに変換されます。マクロを用いることで、通常の言語機能では不可能なメタプログラミングを実現することができます。
このように、ランタイムの処理だけでは実現不可能なことをJavaScriptプログラムでもやりたいというのが、Babelでマクロ機構を実現する動機となります。ただ、Babelの場合、BabelがJavaScriptプログラムを取り扱うトランスパイラであるという性質上、マクロと言えどもJavaScriptの文法を逸脱することはできません。それでもなおマクロ的なことを行いたいユースケースがあるらしく、npmにはbabel-plugin-macros
キーワードを持つパッケージが100以上公開されています。
最近では、いつのまにかstyled-componentsがbabel-plugin-macros
に対応しており、ドキュメントからも言及されています。ですから、特にReact使いの方は、名前だけは知っているという方も多いでしょう。しかし、その割に日本語の資料が乏しい分野です。筆者が発見した日本語資料は下記の一つだけでした。
そこで、この記事ではBabelマクロの意義やその作り方を含めて解説します。実際に作ったマクロはこちらです。
babel-plugin-macros
パッケージは何をするのか
先ほどから名前が挙がっているbabel-plugin-macrosですが、これは名前を見れば分かる通りBabelプラグインです。 これはマクロのベースとなる機構を提供するプラグインであり、このプラグインを設定しておけば、全てのBabelマクロが使える点を売りにしています。
Babelによるマクロ機構は自分でBabelプラグインを書けば実現できることですが、Babelプラグインを有効化するにはBabelのコンフィグに手を加える必要があります。様々なマクロを使いたい場合はBabelのコンフィグが煩雑化することになりますね。また、Create React AppのようにBabelのコンフィグを触らせてくれない環境では好きなBabelプラグインを使うことができません。
この問題を、babel-plugin-macros
が間に入ることで解決します。実際、すでにCreate React AppはBabelの設定にbabel-plugin-macros
を導入しており(experimentalとされていますが)、Babelマクロでできる範囲に限られはするものの、Babelのコンフィグをいじれなくてもプログラムをかなり自由に変換できるようになっています。
マクロの適用
babel-plugin-macros
は、インポートを起点としてプログラム変換を行います。具体的には、.macro
または/macro
で終わる名前のモジュールからインポートした場合、マクロを使用したと見なされます。このような名前のパッケージはプログラム変換の実装をエクスポートしており、babel-plugin-macros
がそれを動的にロードして、プログラム変換を適用するという流れです。
このため、典型的にはマクロは.macro
で終わる名前のパッケージとしてリリースされることになります。また、style-components/macro
のように既存のパッケージの一部としてマクロを含むことも可能です。
Babelプラグインとの比較
Babelマクロはインポートを起点とするというのが絶妙な点であり、これは全ファイルに問答無用で適用される一般的なBabelプラグインとは異なる特徴です。
一般的なBabelマクロは、マクロからインポートされたものを使用している部分に対してのみプログラム変換を行います。これにより、トランスパイルというよりはメタプログラミング・コンパイル時計算のような使用感となります。やっていることは同じプログラム変換ではありますが、目指すゴールは一般的なBabelプラグインとは違うということが分かりますね。
また、実装しやすさという観点で見ると、Babelマクロの方が手軽です。一度babel-plugin-macros
を設定してしまえば、あとは適切なパス(.macro
か/macro
で終わる)に関数をエクスポートするファイルを配置すればそれでマクロとなります。プラグインのお作法に従わなければならない一般のBabelプラグインと比べると、プロジェクト独自の変換を定義しやすくなっている点も魅力的です。
Babelマクロを作ってみた
ここまで解説したようなことは、先ほど紹介した日本語記事にも書いてあります。この記事では次のステップに進むために、Babelマクロの作り方を解説します。
結論から言えば、Babelマクロを作るという作業はほとんど通常のBabelプラグインを作る作業と変わりません。ユーザーから見た使い勝手は異なりますが、裏の仕組みは変わらないのです。
今回作ったもの
今回作ったのはinfinite-recursion.macroというマクロで、これは擬似的に関数が無限に再帰することを可能にするものです。
というのも、普通のJavaScript実行環境では関数の再帰の回数には上限があり、数万回も再帰すればランタイムエラーが発生してしまいます。
function sum(upTo) {
return upTo <= 0 ? 0 : upTo + sum(upTo - 1);
}
// RangeError: Maximum call stack size exceeded
console.log(sum(1e6));
基本的にこれの回避は不可能で、再帰を使わないで同じ処理をするようにプログラムを書き換えるしか回避方法はありません。
しかし、再帰で書いた方がプログラムが分かりやすくなる場面がありますよね。
そこで、このマクロが提供するinfinite
で関数をラップすることにより、どれだけ再帰させてもエラーが発生しなくなります。
import { infinite } from "infinite-recursion.macro";
const sum = infinite(function sum(upTo) {
return upTo <= 0 ? 0 : upTo + sum(upTo - 1);
});
// 500000500000
console.log(sum(1e6));
再帰回数の上限を撤廃する仕組み
上記のようなことがどのように実現されているかについては、Babelマクロですから当然ながらプログラム変換です。今回作るマクロでは、このプログラムが次のように変換されます。
import { makeInfinite as _makeInfinite } from "infinite-recursion.macro/lib/runtime";
const sum = _makeInfinite(function* sum(upTo) {
return upTo <= 0 ? 0 : upTo + yield [upTo - 1];
});
// 500000500000
console.log(sum(1e6));
やっていることは、infinite
という関数をmakeInfinite
で置き換えること、infinite
でラップされた関数をジェネレータ関数に変えること、そして再帰呼び出しをyield
式に変えることです。
関数がジェネレータ関数に書き換えられたことでこれは再帰関数ではなくなり、_makeInfinite
が裏でループを使って再帰の挙動を再現することで、元の再帰関数と同じ挙動を実現します。
実は、ジェネレータ関数を使って再帰を再現することに関しては筆者の既存記事ですでに説明しています。
このマクロでは再帰関数をジェネレータ関数に書き換えるところを自動化して、より自然・宣言的な形で無限に再帰できることを目指しています。
マクロの作り方
では、いよいよ本題のマクロの作り方に入りましょう。
まず、先ほども説明したように、インポートのパスが.macro
か/macro
で終わっていればbabel-plugin-macros
によってマクロであると認識されます。このパスからマクロの実装をエクスポートします。先ほどの例ではinfinite-recursion.macro
からinfinite
関数をインポートしているように見えますが、実際にはそんな関数はinfinite-recursion.macro
からエクスポートされていません。このパッケージからエクスポートされているのはマクロの実装のみであり、そのマクロがまるでinfinite
という関数が存在するかのように見せかけたプログラム変換を行うのです。
マクロ実装の本体は次のような形をしています(TypeScriptかつCommonJSなので懐かしのexport =
構文が出てきています)。
export = createMacro(({ references, state, babel, source }) => {
// ...
});
これは関数をcreateMacro
で囲った形であり、この関数がマクロの実装本体です。この関数は、マクロがインポートされるたびに呼び出されます。そして、マクロから何がインポートされて、どこで使われているかの情報がreferences
に与えられます。例えば、マクロからinfinite
がインポートされていた場合は、references.infinite
にNodePath
の配列が入っています。これを見てinfinite
が使われている箇所を適切に変換するのがマクロの役目です。なお、NodePath
というのはBabelの概念であり、ASTノードの位置を指し示す感じのオブジェクトです。
ここから先は、普通のBabelプラグインを作る場合と何も変わりません。マクロで提供したい機能に応じて愚直にASTを変換することになります。
例えば、infinite
の機能を提供する部分の序盤は以下のようになっています。ここで、path
というのがinfinite
が使用されている場所を表すNodePath
です。
const { node, parentPath } = path;
if (parentPath.isCallExpression() && parentPath.node.callee === node) {
// infinite(...)
const { node: parent } = parentPath;
const args = parent.arguments;
if (args.length !== 1) {
// invalid
continue;
}
const [firstArg] = args;
if (!checkForNamedFunctionExpression(firstArg)) {
continue;
}
// ...
}
今回見たいのはinfinite
が関数として使われている場合なので、infinite
がinfinite(...)
の形で使われているかを調べます。それが最初のif
文の条件です。この条件が満たされる場合、さらにinfinite
の引数が1つかどうかをチェックします。その次のcheckForNamedFunctionExpression
というのは、infinite
の引数がfunction 関数名(...) { ... }
という形かどうかをチェックしています。
このことから分かるように、厳密にこの形でinfinite
を使用しないとうまく動作しません。BabelマクロはJavaScriptの文法を持ったDSLみたいなものですから、これはまあ仕方のないことです。使い方を間違ったら適当にエラーが出るでしょう。
残りの部分はこれですね。詳細は省略しますが、handleRecFunc
というのは関数式の中身の再帰呼び出しをyield
式に書き換えて、さらに関数式をジェネレータ関数に変更する処理です。
そのあとの部分はmakeInfinite
を読み込むimport文を追加する処理です。
今回の変換はランタイムが必要なので、それはinfinite-recursion.macro/lib/runtime
という別の場所から実際にエクスポートしています。
最後に、インポートしたmakeInfinite
でinfinite
を置き換えれば完成です。
const funcPath = (parentPath.get("arguments.0") as unknown) as NodePath<
FunctionExpression
>;
const res = handleRecFunc(firstArg.id, funcPath);
if (!res) {
continue;
}
// wrap with runtime
const programScope = path.scope.getProgramParent();
programScope.path;
const programPath = programScope.path as NodePath<Program>;
const importDecl = importRuntime(programPath, source);
const runRecursiveLoc = importInDecl(
importDecl,
programScope,
"makeInfinite"
);
// replace infinite(...) with makeInfinite(...)
path.replaceWith(runRecursiveLoc);
以上がマクロの実装方法でした。
まとめ・所感
この記事ではbabel-plugin-macros
をベースに作られるBabelマクロについて解説し、実装例を示しました。このプラグインはBabelのプラグインシステムの上にさらにもう一段独自のプラグインシステムを重ねるようなもので、マクロのインポートを基点に動作するという特徴を持ちます。マクロの実装者からすれば、マクロを定義するのがとても簡単で、またインポートされたものが使用された場所をリストアップしてくれるのが便利ですが、そこから先は通常のBabelプラグインと同様にASTの変換としてマクロを実装することになります。
Babelを通さないと実行できないJavaScriptプログラムはどうなのと思われる方もいるかもしれませんが、そもそもWebpackに頼っていればその時点で大差ない話ですから、あまり気にしなくても良いのではないかというのが個人的な意見です。 Babelマクロはとても手軽に作れるので、うまく使えば強力な武器となります。
また、TypeScriptで高度な型を扱うのが好きな方はBabelマクロが肌に合うかもしれません。というのも、高度なTypeScriptプログラムでは「型定義だけ辻褄を合わせておいて内部実装はany
とかを使っている」というようなことが発生しがちですが、Babelマクロはそれをさらに発展させて「インターフェースだけ辻褄を合わせておいて内部実装はトランスパイル時に何とかする」と見ることもできるからです。
できないと諦めていたことも、Babelマクロなら自然にできるかもしれません。ぜひ選択肢の一つとして持っておきましょう。